・2026年1月現在
・JRAの平地G1に限る
・外国馬は除外
・消息不明は除外
・同年生まれは誕生日で順位を設定
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10位 ヒシミラクル
1999年3月31日生 26歳
02 菊花賞
03 天皇賞(春)
03 宝塚記念
サッカーボーイ産駒。
抽選を突破した菊花賞を10番人気で勝利。
このレースは2着に16番人気のファストタテヤマが突っ込み、先述のノーリーズンの落馬も含めて菊花賞史に残る大波乱となった。
その後勝てないレースが続くがメンバーが薄かった天皇賞(春)を勝利し復活を遂げる。
次走の宝塚記念はアグネスデジタル、シンボリクリスエス、タップダンスシチー、ダンツフレーム、ネオユニヴァース、ツルマルボーイなどを相手にしての勝利となった。
このレースはヒシミラクルおじさんと呼ばれる謎の人物が大口投票したことで有名。
その後はケガの影響で活躍できず。
種牡馬入りしたものの、長距離向きと見られたことと、やや時代遅れの血統が敬遠され、種付け数自体が少なく種牡馬としては活躍できなかった。
9位 アサクサデンエン
1999年3月22日生 27歳
05 安田記念
シングスピール産駒の外国産馬。
5歳の暮れにオープン入り、6歳で安田記念を制した晩成型。
その後は秋の天皇賞で4着に入ったり、翌年の安田記念でも2着に入るなど渋い活躍を見せた。
種牡馬生活は5年と短かったが地方の活躍馬を複数送り出し、種牡馬としても渋い存在であった。
8位 ファインモーション
1999年1月27日生 27歳
02 秋華賞
02 エリザベス女王杯
デインヒル産駒の外国産馬。
繁殖牝馬として輸入されたが、無敗で秋華賞、エリザベス女王杯を制した。
続く有馬記念では5着に敗れたものの、3歳牝馬ながら1番人気に支持されており、怪物的な評価をされていた。
その後は重賞を2勝したもののG1では勝てず。
繁殖入りしたが染色体異常で受胎できず、子孫を残せないまま功労馬として余生を送っている。
7位 ビリーヴ
1998年4月26日生 28歳
02 スプリンターズステークス
03 高松宮記念
サンデーサイレンス産駒。
4歳時に破竹の4連勝でスプリンターズステークスを制覇。
翌年の高松宮記念も制し、スプリント女王の名を馳せた。
この高松宮記念は、逃げた前年の覇者ショウナンカンプを叩き潰す強い内容であった。
引退後はアメリカで繁殖入り。初年度から安田記念3着のファリダットが出た。
7番仔のジャンダルムが2022年のスプリンターズステークスを制し、母子制覇を果たした。
6位 テイエムオーシャン
1998年4月9日生 28歳
00 阪神3歳牝馬ステークス
01 桜花賞
01 秋華賞
ダンシングブレーブ産駒。祖母が桜花賞馬エルプス。
デビュー当初から天才少女として活躍し、G1を3勝した。
オークスの3着が悔やまれるが、改めて戦績を見返すと2000mまでの馬で、距離が長かったようだ。
デビューから引退まで本田優騎手とコンビを組んだ。
同時期にテイエムオペラオーが活躍しており、テイエム黄金時代の名馬であった。
引退後はそのテイエムオペラオーの産駒を3頭生み10冠ベイビーと話題になったが、他の父の産駒を含めてこれといった活躍馬は出ていない。
5位 タップダンスシチー
1997年3月16日生まれ 29歳
03 ジャパンカップ
04 宝塚記念
プレザントタップ産駒の外国産馬。
晩成型で、オープン入りは5歳になってから。
本格化後は安定感のある逃げ馬として長く活躍した。
6歳のジャパンカップで雨の中逃げ切りG1初勝利。9馬身差というJRAのG1史上最大着差記録を樹立しての勝利であった。
翌年の宝塚記念を制し、凱旋門賞にも参戦するなど、名実ともに日本を代表する名馬となった。
8歳で金鯱賞を制し、同一重賞3年連続勝利と言う偉業を成し遂げた。
獲得賞金10億円越えの一流馬であったが種牡馬としては失敗で、6年で種牡馬引退となった。
タップダンスシチーを最後にリボー系からJRAの重賞勝ち馬は出ていない。
4位 ティコティコタック
1997年3月11日生 29歳
00 秋華賞
サッカーボーイ産駒。
デビューは3歳の3月と遅かったが、そこから10月の秋華賞までの7か月間で12戦を消化した根性娘。
その秋華賞を10番人気で制し、波乱の立役者となった。
その後は勝利に見放されたが、エリザベス女王杯で僅差の3着に食い込むなど、牝馬限定戦を中心に活躍した。
引退後は繁殖入り。子孫から中央競馬で活躍した産駒はまだ出ていない。
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