【10〜4位】存命のG1馬を調べてみた

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競馬

・2025年3月現在

・JRAの平地G1に限る

・外国馬は除外

・消息不明は除外

・同年生まれは誕生日で順位を設定

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10位 テイエムオーシャン

1998年4月9日生 27歳

00 阪神3歳牝馬ステークス

01 桜花賞

01 秋華賞

ダンシングブレーブ産駒。祖母が桜花賞馬エルプス。

デビュー当初から天才少女として活躍し、G1を3勝した。

オークスの3着が悔やまれるが、改めて戦績を見返すと2000mまでの馬で、距離が長かったようだ。

デビューから引退まで本田優騎手とコンビを組んだ。

同時期にテイエムオペラオーが活躍しており、テイエム黄金時代の名馬であった。

引退後はそのテイエムオペラオーの産駒を3頭生み10冠ベイビーと話題になったが、他の父の産駒を含めてこれといった活躍馬は出ていない。

9位 ツルマルボーイ

1998年3月5日生 27歳

04 安田記念

ダンスインザダーク産駒。母は重賞勝ちのあるツルマルガール。

デビュー当初から重賞で人気になっていたが結果が出ず、本格化したのは古馬になってから。

4歳時の宝塚記念2着を皮切りに中距離G1で3度の2着があった。G1常連の強豪であったが、あと1歩でタイトルに届かない日々が続いた。

6歳時の安田記念を差し切りようやくG1ウイナーの仲間入り。

引退後はダートのオープン馬を1頭出したのみで、これといった種牡馬実績は無い。

8位 タップダンスシチー

1997年3月16日生まれ 28歳

03 ジャパンカップ

04 宝塚記念

プレザントタップ産駒の外国産馬。

晩成型で、オープン入りは5歳になってから。

本格化後は安定感のある逃げ馬として長く活躍した。

6歳のジャパンカップで雨の中逃げ切りG1初勝利。9馬身差というJRAのG1史上最大着差記録を樹立しての勝利であった。

翌年の宝塚記念を制し、凱旋門賞にも参戦するなど、名実ともに日本を代表する名馬となった。

8歳で金鯱賞を制し、同一重賞3年連続勝利と言う偉業を成し遂げた。

獲得賞金10億円越えの一流馬であったが種牡馬としては失敗で、6年で種牡馬引退となった。

タップダンスシチーを最後にリボー系からJRAの重賞勝ち馬は出ていない。

7位 ティコティコタック

1997年3月11日生 28歳

00 秋華賞

サッカーボーイ産駒。

デビューは3歳の3月と遅かったが、そこから10月の秋華賞までの7か月間で12戦を消化した根性娘。

その秋華賞を10番人気で制し、波乱の立役者となった。

その後は勝利に見放されたが、エリザベス女王杯で僅差の3着に食い込むなど、牝馬限定戦を中心に活躍した。

引退後は繁殖入り。子孫から中央競馬で活躍した産駒はまだ出ていない。

6位 トウカイポイント

1996年5月18日生 29歳

02 マイルチャンピオンシップ

トウカイテイオー産駒。

盛岡競馬でデビュー後にJRAへ移籍。

当初は長い距離を使っていたが折り合いに難があり、5歳の春に去勢された。

その後秋になって距離を短くしてから本格化。

6歳時の中山記念で重賞初制覇。秋のマイルチャンピオンシップに勝利し、トウカイテイオー産駒初のG1馬となった。

その後は程なくしてケガで引退。騙馬なので種牡馬入りはできなかった。

現在の様子はTwitterで確認することができる。

Tweets by Toukaipoint1996

5位 プリモディーネ

1996年4月5日生 29歳

99 桜花賞

アフリート産駒。

99年の桜花賞を制覇。鞍上の福永祐一にとって初のG1勝利であった。

距離不安のオークスで3着の後は蹄の病気により長い休養に入る。

1年半後のエリザベス女王杯で復帰したが本来の姿からは程遠く、復活できないまま翌年引退した。

その後アメリカで繁殖入りしたが、子孫からこれといった活躍馬は出ていない。

4位 メイショウドトウ

1996年3月25日生 29歳

01 宝塚記念

ビッグストーン産駒の外国産馬。

テイエムオペラオーのライバルとして有名。

00年の宝塚記念記念から翌年の天皇賞(春)までG1で2着が5回あったが、勝ち馬は全てテイエムオペラオーだった。

その後の宝塚記念でついに雪辱を果たし、同年引退。

産駒にシンザン記念2着でダービーにコマを進めたシャインがいる。

他にオープン入りしたシゲルタックがいるが、種牡馬としては失敗であった。

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